VOICE 1. (スタッフ紹介)

N007 映像のチカラ

吉岡 岳(よしおか がく)

所属:制作部 ディレクター
オルタスジャパン

入社してから、もう半年が経つ。

この時間経過の速さは、26年間の人生の中でもトップレベルのスピードだ。

このスピードの中で、自分のことをゆっくり考えるのは至難の業である。

そんなわけで、「VOICE」を書くことを機に、この業界に入ったきっかけを思い返し、

初心に返ってみようと思う。

この業界に足を踏み入れようと決意したきっかけは、一本の映画。「チルドレン・オブ・ウォー」、

ウガンダの少年兵が集まるリハビリ施設を取材したドキュメンタリー映画だ。

幸いにも、字幕翻訳の仕事をしていたので、この作品の字幕を作らせていただいた。

初見の時はとにかく衝撃的だった。1か月余りで字幕を作り上げ、ある映画祭で上映されることになった。

正確に言うと、決意したのはこの後だ。

上映が終わり、小さな劇場に入った50人ほどのお客さんを見渡すと、泣いていた。

映像の持つ“チカラ”に、圧倒された。

それから約1年が経ち、オルタスジャパンに入社した。テレビ番組制作会社、即ち、チカラの制作会社だ。

初めて取材に行ったのはフランスとドイツ。

福島第一原発の事故を、フランス、ドイツはどう受け止めているのかを取材した。

まさに、そこには現場があった。その現場の断片をつなぎ、テロップを入れ、音楽を乗せて、

ナレーションを付け、1つの番組にする。こうして映像のチカラを作っていくのかと、感心した。

この半年で、4つの番組制作の現場を見てきた。1つの番組が放送された時の達成感は、

これまで経験したことがないもので、本当に驚いた。

4本それぞれが、独特のチカラを放っていた。と、ここまで書いていて気付いた。

忙しいから初心に返れなかったのではない。初めて目の当たりにした映像のチカラは、

今もずっと近くに存在していたんだと。まさに灯台下暗し。

いつかは自分も、映像のチカラを発揮できるような力が持てるように、

これからも肌で感じながら仕事をしていきたいと思う。

N006 オルタスジャパンに入社して

田中郁子(たなかいくこ)

所属:業務部 経理
オルタスジャパン

「果実を食べる者は、少なくとも種子を植え付けるべきだ。」・・・ソローの言葉。

 私は今まで、まだまだ未熟者とはいえども様々な仕事をしてきた。

 幸か不幸か、何事もそこそこ器用にこなせてきた。

 努力が苦手で、いつも「そこそこ」で満足し、それなのに会社には自分に対して過大な評価を求めてきた様に思う。

「給料が安い」「もっと休みたい」etc・・・まさに種子など植える事なく果実を食べ散らかしてきた訳だ。

 約3年前、縁がありオルタスジャパンに入社。今まで携わった経験の全くない、経理の仕事に就いた。

 自分の得意分野ではない仕事を、今まで通り「そこそこ」気分ではとてもこなせず、入社当時は自信喪失、自分自身の能力のなさに嫌気がさした程だった。

 私は多分初めて本気で仕事に取り組み、「そこそこでいいや」とは決して思わなくなった。会社に対して「権利」を主張する前に、自分の果たすべき「義務」を考える様になれた。

 それはオルタスジャパンという会社が、未経験の私に対して仕事に取り組むスタンスに「自由」をくれたからだと思っている。

 自分で考え、自分で行動する、強要ではなく、成長の為の仕事であり続ける。オルタスジャパンへの貢献が、自分自身の成長に繋がる、今後もそんな仕事がしたい。

N005 やりたい事が見つけられた人々

麦谷美幸(むぎたに みゆき)

所属:制作部 デスク
オルタスジャパン

Q.「大きくなったら何になりたいですか?」

A.「サッカー選手」「お花屋さん」「電車の運転手」「パティシエ」etc…

小さい子供に質問すると、多くの答えがすぐに返ってくる。

そして歳を重ねる毎に、段々と答えられなくなってしまう人も多いだろう。

 以前、映像業界とは全く関係の無い会社に勤める知人にこんなことを言われた。

「自分も含めてだけど、私の会社の人たちは、ただ何となく入社してきた人が多いと思う。

そして生活の為に働いている。だからやりたい事が見つけられた人って羨ましいです。」

 これまで私も様々な仕事を経験してきた。プログラマー、事務職、

ダイビングショップのガングロお姉ちゃん、子供にスイミングを教えたこともあった。

映像の仕事から離れていた時期もあったが、最終的にまた戻ってしまったのだ!

『やっぱり映像の仕事がやりたい』と思い知らされたからである。

 『自分がやりたい事』

ここオルタスジャパンは、この答えをしっかりと持っている人々の集団であると思う。

映像を通して人々に何かを伝えたい…という、同じ志を持つスタッフたち。与えられた仕事をこなす事に精一杯

だったり、やりたい番組が出来るとは限らないが、“いつか自分の企画で番組を作りたい”という想いに

向かって進んでいる。

「やりたい事」を見つけられた私たちは幸せなのかもしれない。しかし、それを実現するための道のりは決して

楽ではないだろう。

 現在、私自身はデスクとして「やりたい事」を実現するスタッフの支えと

なれるよう、「やれる事」でバックアップしているつもりである。

そして常々思う…“自分で選んだのだから、どんな事も前向きに捉え、楽しもう!”と…

N004 アジアンスマイル奨励賞を受賞して

和田萌(わだもえ)

所属:制作部 ディレクター
オルタスジャパン

 昨年カンボジア・トンレサップ湖で取材し、水上小学校の新米先生タヴィーと字が書けない少年の交流を描いた「タヴィーの学校は水の上」という作品が、NHK『アジアンスマイル』番組内の“アジアンスマイル奨励賞”をいただきました。思い入れの強い作品なだけに、とても嬉しく思います。

 トンレサップ湖は東南アジア最大の湖で、そこには船のように家を浮かべ暮らしている水上村がいくつかあります。

 学校はもちろんのこと、役所、病院、警察、商店、レストラン、そして若者たちが集うビリヤード場まで、ありとあらゆるものが水上に浮かんでいます。

 人々はたくましく暮らし、小さな子供でも自分で船を漕ぎ、自由に移動します。

 2週間の取材期間には、色んな顔見知りの村の人たちができ、言葉も通じないのに手を振り合ったり、時には撮影にまで協力してくれたりと、何とも温かい気持ちで、毎日トンレサップ湖に通いました。

 そしてあんな満天の星空や、真っ赤に染まる朝日まで見せてくれた湖は、この仕事をしているからこそ見られたもので、忘れることのできない体験の連続でした。

 この仕事は、徹夜があるし、時間感覚はめちゃくちゃになるし、肌は荒れるし、眠れないくらい悩み追い詰められるし、「あー苦しい・・・」と涙ながらに思うことばかりなのですが、こんな体験をしてしまうと、やっぱりやめられず苦労したことなんかさっぱり忘れて、そんな体験を求めて、さらなる企画をウキウキと考えてしまいます。

 始まったばかりのディレクター人生ですが、これから先、どんな未知なる世界が待っているのか、どんな体験ができるのか・・・楽しみでなりません。

N003 不思議体験

岩谷 一(いわやはじめ)

所属:制作部長 プロデューサー
オルタスジャパン

 憑依現象・・・!?

 テレビの仕事を始めて25年ほどになる。その間、何度か不思議な体験をしている。まるで“天から何かが舞い降りた”と思えるような、自分でも信じられない能力を発揮したと感じることが、何度かあった。

 その体験のひとつは、もう5年くらい前の出来事だ。妖艶な姥桜の伝説を紹介するナレーションを書いているときだった。

 映像素材を見ているうちに老木の妖気に誘われたのか、編集室にいるにもかかわらず、風の音が聞こえてきて、周りが薄暗くなり、花弁が舞い始める・・・、(そんなことあるわけないが、)まるで自分が姥桜の下に立っているかのような気分になった。そして、普段は使わないような言葉が次々と湧き出てきたのだ。気付いたときには、いつの間にかナレーションを書き終えていた。

 きっと、その当時、いくつかの番組を掛け持ちしていたためか、睡眠不足の上、緊張感があり、大量の神経伝達物質が分泌されていたのだと思う。

 集中力も高まり、それまで記憶の奥深くに閉じ込められていた言葉が飛び出してきたのかもしれない。それは、かつて読んだ本のどこかに記されていた言葉や文章なのだろう。

 しかし、自分の脳の中では、妖艶な桜と相対峙していたのは確かだった。今も薄墨の花弁を満開に咲かせた桜を見ると身震いがする。(ただ、後に番組を見るとそれほど大したナレーションでもなく、自己陶酔だったのが残念・・・。)

 さて、この不思議な現象は、それ以後、起きていない。ディレクターからプロデューサーに職替えをしてしまったからだろうか。

 ただ、たとえ自己陶酔でも、あれほどの集中力をいつでも引き出せるようになれれば、仕事がもっと楽しくなるに違いない。

N002 映像の光と影

戸田有司(とだゆうじ)

企画実現部部長
制作部プロデューサー

オルタスジャパン

 ある時、マスコミに連日取り上げられる重大事件の容疑者の実家へ取材に入った。

 容疑者の母親は、声を潜めるように暮らしていた。最初は、電話で話すことも出来なかったが、足繁く通いつめ、ようやく信用してくれるようになり、家に上がらせてもらえるようになっていた。

その日も、ひとりで母親の元を訪ねていたが、そこに逃亡を続けていた容疑者逮捕のニュース速報。いち早く聞きつけたワイドショーの取材陣が飛んできた。扉を激しく叩き、名前を大声で連呼する取材者。「息子さんがつかまったんですよ、感想聞かせてくださいよ!」母親が毎日味わってきたのは、これだったのか。

オウム真理教事件、阪神淡路大震災、がん病棟の密着取材…

様々な場面で突きつけられてきたのは、「オレは一体何者なんだ?」という問いだ。カメラという武器を無闇に振り回していないか?マスコミという虚像の中で、目に見えぬ「力」に溺れてはいないか?計り知れない映像メディアのパワー。映像は、人を救いもすれば、殺すことも出来るのだ。

1991年4月からオルタスジャパン。いつの間にか古株のひとりになってしまったが、まだまだ未熟者だと自覚している。

願わくば《映像の光と影》を見極められる者になりたい。映像の影を知り、光を信じられる者になりたい。

N001 ドキュメンタリーを目指す若い方々へ

星野敏子(ほしのとしこ)

オルタスジャパン創立メンバー
オルタスジャパン

「小説より奇なり」の事実の面白さ、作家には書けない「言葉」を吐く、名もない人たち、そういうことと出会ったときの喜びが、私をドキュメンタリーから離れられなくしてきたのかもしれません。

これまでカメラを向けることを許してくれた人たちによって、いまの私があると思います。

ただ、無名の人をテレビという公の場に引き出してしまうことは、大きな責任を伴い、発表したために何かその人の身に不都合が起きたときは、全力で責任を取らなければなりません。

制作者は、その意味で常に謙虚でなければならないのです。

そして、常に今どういう時代なのかを見つめていること。今を知るには過去を知る必要もあり、単に知識ではなく、大事なことを敏感に感じ取る触覚・感性を磨く努力が大事なのではないでしょうか。

まず、作る番組に対して愛情をもつこと。たとえ突然振られた番組でも、作る以上は「惚れこんで」自分の心と目線で対象に迫ること。やらされている、という感覚をもつぐらいなら、作り手はやめたほうがいい。

現場で、心踊らされたり、ともに怒り、または喜ぶことがないと、見てくれる人の心を動かすことは出来ないと思います。

偉そうなことを書きましたが、これは私自身への自戒でもあります。

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